23. アトピック・エフュージョン

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アトピック・エフュージョン
(『乱心と冷静』2/5  )


 いちいちこっちを向くんじゃねえ。
 ちらちらこっちを見てんじゃねえ。

 お前らの眼球を潰してやろうか。
 そうすれば誰も差別はしないか。

 お前らの言葉なんか響かないんだよ。
 綺麗事ばっかり並べてんじゃねえよ。

 どうしても俺を説得したいなら、
 平穏な青春にタイムリープして、
 青い自分のニキビ面に向かって、
 劇物を何プッシュか吹きつけな。

 そいつが学校に行かなくなったり、
 自室に籠もってニートになったり、
 手首を切ったり首って死んだり、
 しないでお前が存在し続けるなら、
 俺と話し合うライセンスをやるよ。

 どうせお前は過去に追いすがって、
 想像の世界へ逃げ込むんだろう。

 いろんな物を破壊して、
 全部誰かのせいにして、
 躊躇ためらい傷を腕に刻んで、
 病を作って心療内科へ。

 俺は違った。
 同じ道を歩いた。

 血塗ちまみれのまま学校に通ったんだ。
 引き籠もりになんかならなかった。
 死ぬことなんかも選ばなかった。
 そりゃ馬鹿みたいに苦しかったさ。

 不快感と絶望で一日が始まった。
 炎症の盛りを冷えた肌で感じた。
 常に枕には血の赤が染みていた。
 顔を洗う水には涙が溶け込んだ。
 き壊す恐怖で眠れなくなった。
 ほほが破れるから笑えなくなった。
 真っ白い塗り薬で瘡蓋かさぶたを削った。
 風呂上がり数分で体液がにじんだ。
 黄色い滲出液しんしゅつえき凸凹でこぼこに固まった。
 視線の針は百本くらい刺さった。
 二度見や三度見は特に痛かった。
 隣に座っただけで舌打ちされた。
 昼休みの匂いは冷や汗になった。
 度が過ぎた無知には心が萎えた。
 数学の先生の偏見に胃が荒れた。
 国語の先生の思いやりに泣いた。
 美術の先生の無垢むく揶揄からかわれた。
 鏡と陰口が否応いやおうなく牙をいた。
 微細なうみは見えないことにした。
 深紅しんくの傷も見えないことにした。
 次第に自己欺瞞じこぎまんも限界を迎えた。
 理性でこらえても本能が邪魔した。
 本能に抗うべく手を縛って寝た。
 しまいには手首が茶色く壊死えしした。
 寝起きの血の赤は色濃くなった。
 合宿行事には参加できなかった。
 修学旅行になんて行けなかった。
 薄情者の仮面が勝手に作られた。
 根も葉もないうわさあまねく広がった。
 面と向かっては話せなくなった。
 地元の友達にも会えなくなった。
 誰一人として信用しなくなった。
 夢とか希望とか欠片かけらもなかった。
 正常とか普通を死ぬほど憎んだ。
 死ぬほどんで死ぬほどんだ。

 死ぬほど、死ぬほど、死ぬほど、


 それでも。


 それでも学校に通い続けた。
 引き籠もったりはしなかった。
 手首切ったりもしなかった。

 犠牲にしたのは明るい自分と、
 普通の思い出と少しの水分と、
 アイデンティティの探求時間。

 お前らにこれが真似できるか。
 この困難くぐり抜けられるか。
 どうせできないに決まってる。
 どこかで落魄おちぶれるに違いない。

 分かったら即刻ここから出て行け。
 綺麗事ばっかで響かないんだ。
 これ以上この俺をおとしめるな。
 闘う相手が多すぎるんだ。

 俺の言い分なんて誰にも響かない。
 そんなこと痛いほど分かってるさ。
 なのに言葉が湧いて仕方ないんだ。
 治療法なんか分からなくて結構だ。


 今の俺にはこれしかできないんだ。


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