142. 掻き寝入り

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き寝入り


 あの頃の僕はゾンビでした。

 魂がどうとか中身がどうとか、
 そういう二次的な隠喩いんゆではなくて、
 それ以下の醜悪な現実の話。

 相対的剥奪に屈するほどの、
 周囲への関心は欠如したものの、
 どうやら僕は無料の見世物で、
 随分と視野が広がったようです。

 わかってほしいとは言わないが、
 他人なら他人らしく無関心たれ。

 一方、髪を切ってくれた人、
 本当に申し訳なかったです。

 親身に話を聞いてくれた人、
 本当に申し訳なかったです。

 言い訳がましさは承知ながら、
 両頬りょうほほの冷感が止まらないのは、
 破顔のせいか藪医やぶいのせい。

 掻いて荒れたなら自業自得か。

 そんなこんなで夜が来ました。


 そして私はミイラになった。

 包帯だらけとか睡眠過多とか、
 そういう一次的な隠喩ではなくて、
 それ以下の薄味な現実の話。

 遠隔的喪失で高まるほどの、
 不死身の感などなかったものの、
 どうやら私は木の下の林檎りんごで、
 随分と日陰に守られてきたよう。

 かばってほしいとは言わないが、
 大樹たいじゅなら大樹らしく無関心たれ。

 一方、銭湯に誘ってきた人、
 本当に本当にすまなかった。

 新年の挨拶をしてくれた人、
 本当に本当に感謝している。

 言い訳がましさは承知ながら、
 右眉の下が赤らんでいるのは、
 前髪のせいか真冬のせい。

 泣いて腫れたなら自業自得か。

 そうこうしていたら夜が来た。


 もう手が届かない贅沢ぜいたくな油断と、
 学習性無力感、一握りの成功譚せいこうたん、
 お化けのスナップにうごめく既視感。

 要するに掻きくらす現実に飽きた。

 だから気晴らしに雨々あめあめの幸先を、
 空想しながら、目をこすりながら、
 おまけの明日を待つことにした。


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