25. アトピック・ホープ

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アトピック・ホープ
(『乱心と冷静』4/5  )


 そんな顔をするなよ。
 そんな目で見るなよ。

 僕らは見世物なんかじゃない。

 僕らも悪いと思ってるんだ。
 赤みを帯びた皮膚だとか、
 散り散り落ちる欠片かけらとか、
 黄色く固まる滲出液しんしゅつえきとか、
 全部が君らを不快にさせる。

 だけど僕らもつらいんだ。
 真っ赤に染まったとか、
 笑うとじんわりにじほほ。
 何より無垢むくな二度見とか。

 君らにとって当たり前の四季は、
 僕らにとっては天変地異で、
 君らにとって当たり前の距離は、
 僕らにとっては鋭い刃物だ。

 僕らも少しは気を遣ってるよ。

 たとえば食事をするときは、
 カウンター席を愛用するし、
 たとえばエレベーターの中、
 降りるまで顔を上げないし。

 ささやかな配慮で悪いけど、
 とにかく視界に入らないことが、
 君らのためにできること。
 そう心得て影を消していったよ。

 惨状を知らない後輩の恋慕は、
 めてもらうしか道はなかった。
 修学旅行やバドミントン部は、
 諦めてしまうしか道はなかった。

 平静な自分を取り繕って、
 苦しくないさと強がって、
 歌詞に隠れて詩に逃げて、
 哲学し出せば鬱がうたって。

 それでも自分を殺さなかった。
 どちらかと言うと殺せなかった。
 悔しくって仕方なかったから。
 当たり前の君らが憎かったから。

 未来はあると信じたかったし、
 無駄にはならないと信じたかった。
 部屋の隅っこで独りでいて、
 フィクションにかるすべも覚えた。

 活路を見出そうと学業に励んだ。
 外側だけが諸悪の根源だ。
 そうに決まってる。
 きっとそうだ。

 そう信じたけど現実は違った。

 数え切れないほど深傷ふかでを負って、
 とうとう中身も侵された。
 中身も痛々しく流血した挙げ句、
 真面目な人で済まされた。

 優しい人で済まされた。

 何度も終わらせてしまおうと思った。


 それでも。


 それでも話をしてくれた人。
 気づけば隣で笑っていた人。
 上空何百メートルで、
 人工的な星空の下で、
 共感し合った花のような人。

 ともに高みを目指した戦友。
 くじけても再度立ち上がった戦友。
 死ぬ気で楽しめと励まし合った戦友。

 それから屈強な歌々うたうたいて、
 現実の雨の中を一緒に走って、
 ずぶれになってくれた詩人。

 月並つきなみなことは言いたくない。
 言いたくないけど言ってしまうよ。
 いつも近くにいたあなた達だけは、
 どうか幸せになってほしい。

 僕のことなんか忘れてだなんて、
 言えるほど強くはないんだけど。
 そもそも詩人の彼に至っては、
 僕のことを知りもしないけど。

 それでも、どうか、

 どうかたくましい大人になって、
 いつかは立派な母親になって、
 いつかは頼れる父親になって、
 最期は多くの親族に囲まれて、
 微笑みながら眠ってほしい。

 いつか近くにいたあなた達だけは、
 今もそばにいてくれるあなただけは、
 平凡で一方的な願望だけど、
 どうか幸せになってほしい。


 僕にはそれができそうにないから。


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