5. 自供

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自供


 電車で席を譲る人を見て、
 良いもの見たなと思います。
 僕はといえば停まった駅で、
 降りる振りをして席を立ち、
 少し遠くに移動する。
 そんな程度の優しさです。

 お世話になった先輩方に、
 感謝の言葉と思い出を。
 たった一枚の色紙しきしのために、
 何軒お店を巡ったことか。

 横断歩道に小さなシューズ。
 その先に見えるちびっ子の列。
 迷わず拾って届けました。

 だけど生きれば生きるほど、
 狡猾こうかつな奴の幸福や、
 道具としての優しさに、
 あまりに多く出会ってしまい。

 よどんだ社会で生きるには、
 すさんだ人間にならなければ。

 だから私は優しい自分を、
 優しいうちに殺しました。


 学生なのに学業に励み、
 時間通りに大学へ向かう。
 学生なのに羽目を外さず、
 襟付きのシャツと黒い髪。
 学生だからと図書館に通い、
 誰にも負けない武器を磨いた。

 家庭教師のアルバイト。
 懇切丁寧な指導報告書。
 学校に行けない彼のため、
 何ができるかと懊悩おうのうの海。

 航海へ向けた進路選択。
 早期完了の一路を断ち、
 泥臭い悪路を選んで邁進まいしん。

 だけど生きれば生きるほど、
 自分で自分の首を絞めて、
 いつだってよぎるイメージは、
 報われることのない未来。

 淀んだ社会で生きるには、
 荒んだ人間にならなければ。

 だから私は真面目な自分も、
 真面目なうちに殺したのだ。


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